Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

  “寒の入り”
 

 
京の都の場末の一角。
住人からして“あばら家屋敷”と呼んでいる、
何とも古ぼけたお屋敷がありまして。
屋台骨の傾くほど…ではないながら、それでも
“果たして 人が住んでいるのかしら?”と、
向こう三軒両隣りというほどにも間近いご近所様からでさえ、
訝しがられていたほどの荒れっぷり。
庭の手入れも行き届いてはいない、何とも殺風景なまんまの荒れよう。
客人とて滅多には出入りしないという、
およそ、宮中に上がるほどもの位を持つ貴族の住まいとは到底思えない、
そんなそんなお屋敷でございまし。

 “放っとけよな。”

実を言うと、そんな風に放ったらかしてあるのは、
お館様の意向に添ってのことだそうで。
それはお若いお館様は、蛭魔妖一という怖いお名前の、これでも殿上人で。
役職は“神祗官補佐”という、
国事には必ず引っ張り出されもするお立場で。
卜占から暦や方位学まで、半島渡来の高度な知識も必要な、
究極の専門職にしてお堅いお務め。

 ――― しかもしかも、これは内緒の秘密のお話。

常人にはなかなか見えないし感知も出来ない、
けどでも人へと害をもたらす、そんな邪妖や悪霊を、
片っ端から浄化封印滅殺消去、退治してくれよう桃太郎、
そういう極秘のお仕事をも扱っておいでのお方でもあって。
それで、自然への感応力を研ぎ澄ませておく必要があってのこと、
こんな風に放ったらかしになさっておいでなんだろう…とは、
家人や使用人たちの勝手な憶測なんですが。
(おいこら)

“つか、途中のモモタロウってのは何なんだ”

………あ、そか。
あれって武士が台頭して来てからのお話なのかもだから、
平安時代にはまだお目見えしてなかったですかね?
まま、それはともかく。

「…お。」

冬の寒気もいよいよ強まり、都は内陸の盆地という環境下。
底冷えのすること容赦なく。
そこへ持って来て、隙間だらけのあばら家だから、
どんなに炭を焚いても中毒にはならんぞと。
しょむないことで胸を張ってたお館様だったが、
ちょっとでも油断すると寒さがじんと染みる事実は隠しようがなくて。
よって、この冬は、

「おやかま様vv

ひょこりと庭先の薮からお顔を出したは、
冬色襲
あわせの綿入れを着付け、
お尻にふかふかなお尻尾がふりふりと躍る、
小さな仔ギツネのくうちゃんだったが。
いかにも幼い坊やへと、
それはそれはお優しそうなお顔になられ、
嫋やかな仕草で手招きまでされて。

「おうおう、よう来たの。ささおいで、こっちへ上がれ♪」
「あいvv

大きな眸をにこぱと細め、
きゃいとはしゃいで、とてちてと。
寸の短い手足を振り振り、
覚束無くも懸命に駆けて来るのを、
待ち遠しそうに腕を広げてやってまで待ち構え、
よ〜しいい子だとその懐ろへ抱き上げてしまわれる。
濡れ縁のところでずっと、そわそわとおいでを待ってたのは判っていたが、

“てっきり、葉柱様を待ってらしたんだって思ってましたのに。”

あれれぇと小首を傾げた書生の瀬那くん、
はてさてなんで?と、すぐには答えを見つけられずにいたものの、

 「そうそう難しいこっちゃねぇって。」

判らないことはお師匠様に訊け…ということで。
(おいおい)
お膝に小さなくうを座らせたまま、
炭櫃の炭を火箸で起こしもってお師様が言うには、

 「子供は体温が高いからの。」
 「………あ。」

そういえば。昨年までは自分もよく呼ばれたのを思い出す。
『うあ〜〜〜、さすが子供は体温が高い♪』
『もう子供じゃありませんよう。』
おふざけ半分、ぎゅむと抱え込まれていたもので。
ああ・あれねぇと、今頃になって得心がいっているお呑気な書生くんだったりし。
「しかもくうは毛並みがいいから暖かいの何のってvv
「でも、くうちゃんってその姿のときは…。」
見た目は普通の人の子と同じで、
ふかふかに柔らかくはあるけれど、
毛なんぞ生えてない、いかにもつるんとした肌なのに。
おかしなことを仰せだなぁと、ひょこり小首を傾げたセナへ、
百聞は一見に如かずということか、
「ほれ来い。」
手招きされてお傍へ寄れば、
「わ…っ☆」
ぐいっと手を引かれ、お膝へと引っ張り込まれたが、
「あ…。」
ふわふわのお尻尾は後ろにあるから関係なくて。
お館様のお膝に座ってた、くうちゃんの小さなお膝に、
倒れ込みがてら ほてりと頬っぺがくっついたその瞬間、
「わぁ〜〜〜、暖かいですvv
「だろうが。」
見えてはいないし、そんな感触がするでなし。
だが、何故だかほわほわと暖かい。
お館さまが言うことにゃ、
変化
へんげのたびに毛並みまですっかり消えてしまっては、
「いくら子供でも代謝が追いつかぬわ。」
と、ちょっと専門的なことまで仰有るところをみると、
ちゃんと理屈として判っておいでのお館様であるらしく。
「トカゲ野郎の何倍、重宝することかvv
「…悪うございましたね。平熱低くてよ。」

  おお。

いきなりの乱入に、セナが思わず飛び上がってしまった、
その“トカゲ野郎”こと、黒の侍従様のご登場。
やはり庭の方から上がって来られた、黒い狩衣姿の屈強なお兄さんへ、
「遅刻して来やがった奴が何を言っても聞かれねぇな。」
ふふんと見下ろし視線になる“高飛車・偉そうぶり”は相変わらずながら、
「くうもこれからは此処にいろ。いちいちあんな寒いところから通うこたねぇぞ?」
何か怖がってたのもあれ以来出ないだろうがと、
そういやお正月にひと悶着あったのをセナも思い出し、

 “………ああ。”

それでかと。やっとのことで背景が見えるよになったセナくんで。
小さな仔ギツネのくうちゃんは、特別な感応力が察知したのか、
おめでたいはずのお正月に、自分たちには判らない何物かへと怯えて見せた。
それ以来、葉柱さんが祠へ帰る様子を見せると必ず一緒に帰ってしまう。
寒い寒い古祠には、火の気もないし食べるものの備蓄もないとか。
そんなところへこんな小さい子供を置いとくのは忍びなく、
出来るだけこっちにいなさいと持ってきたいお館様であるらしい、と。

“しかも、
 お館様が“此処にいて欲しいな”っておねだりしてるんだよって来れば。”

そういう方向でお誘いすれば。
くうちゃんだって悪い気はしなかろうし、
大好きなお館様のお願いなら聞いてあげなきゃと、思うに違いなく。

 「うっ。くう、おやかま様と居ゆのvv
 「そっか、ありがとな〜vv

あらまあ、言ってる端からお見事に作戦成功。

  ――― でもね? あのね?

うりうりとくうちゃんに頬擦りしてやっているお館様のお顔は、
決して…計算通りだ、してやったりというのだけを、
狡猾にも喜んでるお顔じゃあないよな気がするセナくんで。

 “本当に、お優しい方だもんねvv

直に言ったら“けったくそ悪い”なんて眉をしかめそうだけど、
強くて綺麗で、お優しいお館様。
だからセナも大好きだし、だからくうちゃんだって大好きなんだのにね。
やっぱり可愛らしいお方だなぁと、
こっそりこそこそ、お胸の中でだけ、
暖かい想いをほこりと呟いたのでありました。



  〜Fine〜  07.1.24.


  *いやはや、お寒くなってまいりましたねということで。
   (でも、こちらではまだ、氷点下を記録してませんが。)

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